OCEAN DOCKYARD  ~1/200 model ship builder~
1/200スケールでラジコン船を製作しています。
こじまの艦影変遷
おばんです~。
仕事が忙しく、久々の更新となってしまいました。

さて、おいらは4月に転勤となり、今では新しい職場にも随分慣れてきたのですが、通勤距離がメッチャ長くなってしまったので中々造船する時間がありません。

というより、歳のせいか疲労が中々取れなくて、帰宅と同時にバタンキューの日々を過ごしております。

そんなわけで、最近は気合を激しく消費する造船をひとまず脇に置いておき、「こじま」のパンフレットの記事やイラストをコソコソと制作しておりました。

この土日で作ったのが、これ。
「こじま」の艦影変遷イラストですな。
艦影変遷
上から海防艦「志賀」、米軍連絡船「志賀」、海上保安庁練習船「こじま」、千葉市海洋公民館「こじま」となっております。
随分激しく姿が変わっていった様が伺い知れます。

土曜日には、国会図書館に行き、「志賀」を米軍連絡船にするための改装工事を担当した技師の方の手記をコピーしてきました。
その方は鉄道連絡船の造船技師だったそうで、連絡船時の「志賀」もどことなくそれっぽくされているような気がして面白いです。

そんなわけで、しばらくは調査・研究や執筆活動に力点を置いた活動になりそうです。

そんでは、また~。
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コメント
コメント
おつかれさまです。
連絡船時は後甲板で作業することがなかったんで、ブルワークなんですかね。
変遷ネタはやってみたいですが、戦艦はめんどくさそう。
めんどくさいといえばチハも部品バラシが面倒くさい。笑
2016/10/24(月) 00:25:06 | URL | マイロン #- [ 編集 ]
Re: タイトルなし
> マイロンさん
お疲れやまです。
私の個人的な考えですが、たぶん後甲板の高さが低すぎて怖かったんじゃないかと思います。
こじまの船尾は、子どもながらに「こんなに水面から低くて波を被らなかったのかな?」と心配になるほどでしたから。
変遷ネタ、資料がないと厳しいっすね。大型艦になると複雑だから超めんどくさいでしょうね。
もう、プロのイラストレーターさんに任せるしかないっすw
2016/10/24(月) 11:31:25 | URL | azuken #- [ 編集 ]
わー!わー!わー!
欲しかった資料が!連絡船時代、『US 8th ARMY』と書かれていたのでしょうか!?定点観測時代のカラーリングは、資料は難しそうですね。調べても、全く出てきませんでした。ただ、こちらで掴んだ情報だと『S277』の番号が書かれていたようですが、それ以上がorz
2016/11/13(日) 19:15:10 | URL | 天凪 #- [ 編集 ]
Re: タイトルなし
> 天凪さん
連絡船時代の写真について、たった1枚の画像しか探せなかったのですが、船名とファンネルマークはあくまで推測の域を出ません。米8軍の兵士たちを輸送していたそうなのですが、運航は国鉄が請け負っていたそうな。
この時の改装工事を手掛けた技師さんの手記によれば、船の選定や改装工事については、米軍内でも色々なゴタゴタがあったそうです。
定点観測船時代の画像は私は見たことがありません。あったとしたらとても貴重ですね!おそらくは連絡船時代とそう変わらない姿であったと思うのですが・・・。
2016/11/13(日) 20:44:38 | URL | azuken #- [ 編集 ]
定点観測船志賀丸について
はじめまして。
昨年のマリンフェスタで皆さんの作品を拝見させていただいた者です。
(昨日は残念ながら行かれませんでした)

定点観測船時代の「志賀丸」の姿についてですが、こちらのサイトに当時の写真が掲載されています。
https://twitter.com/How2_Ekiin/status/857425953118576640

こじまが解体される直前に、放送された日本テレビやTBSの番組でも、これと同じ写真が映されていました。
この時、船内からの中継もあり、一般公開されていなかった部屋の様子を見ることができました。

定点観測船時代の写真を見ますと、艦橋前の機銃座が大型化されているようですね。
もしかすると、単装を三連装に置き換えたという説は本当なのかもしれません。


ところで、
海防艦時代のイラストは艦橋の天井部分と前部主砲防盾の形状がちょっと違うような気がします。
志賀は後期建造艦ですので、艦橋の屋根は平坦で、防空指揮所のブルワークは屋根一杯に広がった大型のものと思われます。(当時の写真でもそのように見えます)
主砲の防盾の考証は四阪のものを参考にされたのでしょうか?
志賀と同じ佐世保海軍工廠で3か月前に完成した宇久の写真を見ますと、主砲の防盾は後部が傾斜していない垂直の形状をしています。
志賀も写真から、宇久と同型のものであったと思われます。

こじまの跡地のスポーツ施設に展示してある志賀の図面を見てきましたが、写真や文献と比較してこれが最も正確に描かれているものだと思います。(三連装機銃の板状の盾がきちんと描かれていない所だけは残念ですが)。
また、宇久が細部に渡り志賀とほぼ同じ形状だったと考えられますので、宇久の写真も参考にるかもしれません。

以上、大変差し出がましいことを申し上げてしまい、すみませんでした。
既にご存知であったり、私の方が間違っていた場合はお詫びいたします。
それでも、今後の考証に多少なりともお役に立てたら幸いです。
長文失礼致しました。
2017/07/18(火) 07:25:33 | URL | うくる #0kwVAmvs [ 編集 ]
Re: 定点観測船志賀丸について
> うくるさん
昨年いらしてくださったんですね。ありがとうございます!
今年も参加者が一段と増え、さらににぎやかなイベントになりつつあります。お時間ありましたら、また遊びに来てください!
さて、志賀の件について貴重な情報を頂きありがとうございます。
ご指摘の通り、艦橋上部の傾斜やブルワーク、前部主砲形状等が明らかに間違っておりますw
当時は資料集めを始めたばかりで、鵜来を基にした為にこのようになってしまいました。
現在は、メンバーが志賀の図面を手に入れたため、もう少し正確なものを作ることが出来そうです。
ただ、艦橋前の機銃が改装により三連装に置き換えられたという点については、確証が持てていない状況です。
せめて、他の鵜来型で三連装に換装した例があれば、すんなりと納得できるのですが・・・。
また、「志賀丸」時代の画像についてお教えいただき、ありがとうございます!
初めて見ました。こんな塗装や形だったんですね。
志賀およびこじまの考証について、今後も色々とお教えいただけると幸いです。
貴重なご意見ありがとうございました。

2017/07/19(水) 23:54:05 | URL | azuken #O/gbEtzc [ 編集 ]
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