OCEAN DOCKYARD  ~1/200 model ship builder~
1/200スケールでラジコン船を製作しています。
1/200 オーストリア海防戦艦ウィーン 15
建造開始から約二カ月、あっという間に完成して、今はめでたく息子用戦艦としての日々を過ごしているおいらの家のRC戦艦ウィーンだが、先日息子からこんな質問をされちゃいました。

息子:「ねぇ、パパ。ところで本物のウィーンってどんな船だったの?」

おいら:「えっ!?そりゃあ、きっと活躍してたんでないかい。だって一応戦艦だったみたいだしさ、アドリア海って狭いしさ・・・・多分・・・いや、不多分ね・・・・」

いやぁ、参りましたよ。いつもは船の模型を作る前に、その船が一体どんな船なのかをリサーチしてから作ってきたのですが、今回ばかりは、全くどんな船か知らんままに模型だけが完成しちゃいましよ。なんつったて、さすがのおいらも、第一次大戦の、しかもオーストリア海軍の、おまけに旧式な海防戦艦なんかに全く興味ありませんからね~。かっかっかっ!

と、御隠居様ばりの高笑いしている場合ではありませんな。愛する息子の素朴な疑問に答えるべく、父は調べてみましたよ。
その調査結果がこれだ~!

「老兵暁に死す~オーストリア海防戦艦ウィーンの場合~」

時は1914年、人類史上初の世界大戦となってしまった第一次世界大戦において、オーストリア海軍の海防戦艦であるウィーンは、姉妹艦のモナルヒ、ブダペシュトと第五戦艦戦隊を編成し、沿岸守備隊として参戦した。この年の8月24日には、帝国領最南端の軍港であるカッタロに前進し、憎きセルビアに加担したモンテネグロ王国のロヴツェン山陣地を砲撃した。このロヴツェン山陣地は、日露戦争時の旅順港と203高地のような位置関係にあり、オーストリアの軍港であるカッタロは、常にモンテネグロのロヴツェン山陣地からの砲撃の脅威に晒されている状態であった。

9月中旬になると、フランス海軍から分遣隊140人と重カノン砲8門が送られてきて、なんと都合の悪いことにロヴツェン山陣地に配属されてしまった!この瞬間から、オーストリア海軍第五戦艦戦隊VSモンテネグロ軍ロヴツェン山陣地砲台の壮絶な撃ち合い合戦が始まったのである。

激闘一か月、それでも勝敗の決しない状態を重く見たオーストリア海軍総司令官ハウス提督の命を受け、墺海軍最大根拠地のポーラより30センチ砲4門、24センチ砲8門を装備する準ド級戦艦のラデッキーが増援として派遣され、10月24日にはウィーンと共にロヴツェン山陣地を猛砲撃したのであった。その結果、圧倒的な火力によってモンテネグロ軍の砲台は沈黙し、フランス兵も一時撤退を余儀なくされた。

その後もウィーンは最前線であるカッタロに在泊し続け、圧倒的に優勢なフランス海軍が沖合をうようよしている中、隙を見つけては出撃してモンテネグロの沿岸部を砲撃して回るという危険な任務に従事し続けた。

1916年に入り、いよいよオーストリア陸軍はモンテネグロ攻略に本腰を入れ始め、1月8日~11日にかけてウィーンを含む第五戦艦戦隊はロヴツェン山陣地を再び砲撃した。オーストリア陸軍第19軍は艦砲射撃に合わせて前進し、見事敵陣地の突破に成功する。そして、そのままの勢いでモンテネグロ王国領内に雪崩込み、17日には首都チェチニエを陥落させ、王国を降伏せしめたのである!(万歳三唱)

ウィーンらの砲撃をきっかけとしたモンテネグロ王国の降伏により、カッタロ軍港の安全は確保され、オーストリア海軍巡洋艦戦隊の永続的な根拠地に定められたのであった。

モンテネグロ戦が一段落し、母港のポーラへと帰還していたウィーンだが、今度はイタリア軍との一大決戦であるカポレットの戦いを支援するために、再び最前線に投入されることになった。新たな戦場はアドリア海の北端に位置し、ウィーンは在泊地を北のトリエステへと移動させた。しかし、トリエステの司令官クーデルカ提督は、この旧式艦の到着を歓迎せず、本来沿岸防備任務に使用するはずのウィーンを、危険な攻勢作戦に連続投入したのであった。

カポレットの戦いが本格的に始まる一週間前の10月16日には、姉妹艦のブダペシュトと水雷艇10隻と共に、敵領海内にあるベネチア北東のコルテラッツォを砲撃し、11月16日にも航空機の支援を受けながら、水雷艇14隻と共にコルテラッツォを再び砲撃した。これにより、旧式なくせにちょこまかと動き回って沿岸部に砲撃を加えてくるウィーンは、イタリア海軍からすっかり目の敵にされてしまったのだ!

そして、運命の1917年12月10日。この日、トリエステに在泊していたウィーンは、濃霧を突いて港内に侵入してきたイタリア海軍ルイジ・リッツォ中尉に率いられた二隻の水雷艇に襲われたのである。二隻は霧にまぎれて港の防衛ラインを強行突破し、なんとウィーンの50メートル!という超至近距離まで近寄って必殺の魚雷を発射した。これじゃぁ外れっこないよね。ウィーンは二発の魚雷を喫して、5分と経たずに浅いトリエステの港内に沈んでいったのでありましたとさ。

と、まぁ、ネットで調べたウィーンの戦歴をてきと~に書き綴ってまいりましたが、どこの国でも、時代でも、旧式戦艦はいたわられるどころか、沈んだ時のショックも少なかろうと、一番危険な任務に従事させられるのでありますなぁ。第二次大戦中の日本海軍もそうですが、第一次大戦時のオーストリア海軍も最新鋭戦艦はしっかりと温存して、旧式戦艦を危険任務に就かせたのでありあました。しかし、このようなセコイ考え方を海神ネプチューン様が支持されるはずもなく、なんやかんやで新鋭戦艦が悲運に見舞われて無駄死にしていく様は、洋の東西を問わなかった模様であります。

あ、最後に一応ウィーンの所元を載せておきます。

1898年竣工、1917年戦没。
全長99.22m、全幅17m。
満載排水量5.547t、速力17.5ノット。
兵装:24㎝連装砲2基、15㎝単装砲6基、4.7㎝単装機関砲10基、45.7㎝水中魚雷発射管2基。

ちっこいくせに、かなりの重武装だったんですね。
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コメント
コメント
よく調べられましたね~
船のエピソードを調べると作っている船への愛着がさらに沸いてきますね

最期は可哀想でしたが息子さんには末永く大切にしてもらいたいですね
くれぐれも攻勢に使わないようにして(苦笑)

さて、実は来月の24日あたり千葉へお出かけする可能性が出てきました
合同演習できそうですか?
2012/10/13(土) 10:03:41 | URL | ふぢさわてつや #- [ 編集 ]
Re: よく調べられましたね~
> ふぢさわさん
オーストリア海軍についての情報が極めて少なく、なかなか調べるのに苦労しました・・・。
現在は息子の超攻撃的な操縦により、旧式戦艦らしからぬ走りで爆走しておりますが、私が操縦するときはゆっくりのんびり平和的に走っております。

11月24日あたりということでスケジュールを調べてみたところ、24日、25日と残念ながら仕事で大きなイベントがあるため走航会は無理そうです。ぜひとも一度ご一緒したいと思っているのですが、土日に仕事が多く中々都合がつけられずに申し訳ありません。
2012/10/13(土) 22:44:44 | URL | azu ken #- [ 編集 ]
あれまあ残念!
お仕事とあらばしょうがありませんや、残念!
またの機会に♪
2012/10/15(月) 21:58:50 | URL | ふぢさわてつや #- [ 編集 ]
Re: あれまあ残念!
> ふぢさわさん
本当にせっかくの機会なのに残念です。
こちらに来られることがありましたら、ぜひまたお知らせください!
ふぢさわさんのエクセターに会いたいです。
2012/10/17(水) 13:14:47 | URL | azu ken #- [ 編集 ]
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
2012/10/30(火) 21:22:28 | URL | 株を買う #- [ 編集 ]
はじめまして。
1/200 オーストリア海防戦艦ウィーン 15の記事を興味深く拝見させていただきました。

こちらのサイトの内容を参考にしていただいたようで、うれしい限りです。

第1次大戦時の海防戦艦ウィーンの戦歴が大変わかりやすくコンパクトにまとまっており、感心いたしました。細部までよくご覧になりましたね。

あと、1/200スケールでラジコン船の海防戦艦ウィーンを製作されたのですか?この分野についてはまったく知らないのですが、ラジコン船や模型の世界にはとても興味があります。
2013/01/26(土) 09:51:10 | URL | 二重帝国海軍サイト管理人 #- [ 編集 ]
Re: はじめまして。
> 二重帝国海軍サイト管理人 様
拙ブログにお越しいただきまことにありがとうございます。日本語の資料が絶対的に少ない墺海軍の船を調べるにあたり、貴殿HPにとても助けられました。あまりに充実した内容にびっくりするとともに、詳細な記述に引き込まれてしまい、何度も何度も繰り返し読まさせていただきました。

今回私が作成したウィーンは、ペーパークラフトをベースにしております。ペパクラには、インジェクションキットでは考えられないようなマニアックな船が発売されており、墺艦だとウィーンのほかに、戦艦テゲトフや軽巡ヘルゴラントが発売されているようです。これらを入手する際、私はいつもネットショップのmodelship.jpさんを利用しています。

また、数ヶ月に一度ですが、千葉市にある稲毛海浜公園内の浜の池という場所でウィーンをはじめとするRC船を走らせておりますので、もし近隣に来られる機会がありましたら、ぜひとも遊びに来てくださいませ。私以外のメンバーの造形スキルはとてつもないレベルですが、本当に気さくな方々ですので、RC船について色々と情報を得る事ができると思います。

走航会の様子はできる限りこのブログで公開したいと思っておりますので、またお時間があるときにでもお寄りいただけると幸いです。

追伸:1/200スケールの墺艦は、私以外にも当ブログと相互リンクさせていただいている「紙模型静岡工場」のナオさんが、軽巡洋艦を作成している模様です。まだ艦名を明らかにされていないのですが、おそらくヘルゴラントではないかと推察しております。こちらは、私のウィーンと違いディスプレーモデルばりのディティールが施されており、本格的なRC艦船模型ということができますので、是非ご覧になる事をお勧めいたします。
2013/01/26(土) 20:10:48 | URL | azu ken #- [ 編集 ]
こんばんは。
こんばんは。先日は上記コメントを頂きありがとうございました。

こちらのサイトに対しお褒めのお言葉を頂きありがとうございます。人様のお役に少しでも立っているのであれば、サイトを開設し、また更新し続けた甲斐があったというものです。

こちらのサイトはいくつかの邦文・欧文サイトと海外文献を参考にして作成しておりますが、特に以下の文献2つを活用しております。
・Lawrence Sondhaus 『THE NAVAL POLICY OF AUSTRIA-HUNGARY 1867-1918』 PURDUE
・Charles W.Koburger,Jr 『The Central Powers in the Adriatic 1914-1918 WAR IN A NARROW SEA』 PRAEGER


またラジコン船やRC艦船模型の貴重な情報をご提供頂きありがとうございます。近くに出かけることがあれば、是非とも立ち寄らせていただきたいと考えております。

走航会の様子の記事も楽しみにしております。これを機会に、多少なりともラジコン船や模型の分野に足を踏み入れ、自分の世界を広げていきたいとも考えております。
2013/01/28(月) 22:27:51 | URL | 二重帝国海軍サイト管理人 #- [ 編集 ]
Re: こんばんは。
>二重帝国海軍サイト管理人様

コメントありがとうございます。とても貴重な墺海軍のHPですので、今後益々の御発展をお祈りしております。

また、重要な一次資料についても情報を提供して頂き、誠にありがとうございます。今度西山書店に行った時に確認してみようと思います。

ラジコン船や模型の分野に活動の幅を広げられる予定との事ですので、いつかどこかで御一緒できると嬉しいです。やはり題材は墺艦でしょうか?テゲトフあたりは1/200でRC化するには無理のないサイズだと思います。
墺艦はどことなく、ヨーロピアンな香りと共に滅び行く帝国の哀愁みたいなものが感じられるので、私は大好きです。
2013/01/30(水) 18:40:47 | URL | azu ken #- [ 編集 ]
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