OCEAN DOCKYARD  ~1/200 model ship builder~
1/200スケールでラジコン船を製作しています。
ソ連黒海艦隊始末記 【終・其の二】
ちんたらと続けてきましたソ連黒海艦隊始末記でありますが,いよいよ本日で打ち切りと相成りました。

さぁさぁ,最終回の始まり始まり~。


【1942年】
この年の前半,黒海艦隊は,前年の年末にケルチ半島周辺に逆上陸を果たした自軍橋頭保に向けて,物資の輸送と支援砲撃を実施しました。また,1月中はスダに旧式巡洋艦クラスヌイ・クリムを戦隊旗艦として上陸作戦を行い,ケルチ半島の戦力増強を図っています。ところが,前述の通り上陸部隊は反撃に移ることなく陣地強化に走ってしまい,すぐさま反転してきたマンシュタインのドイツ第11軍主力の攻撃を受けることとなります。せっかく作った反撃のとっかかりを潰されてなるものかと,戦艦パリジスカヤ・コンムナと大型駆逐艦タシュケントが,フェオドシアを攻撃中のドイツ軍に対して艦砲射撃を行いましたが,多勢に無勢で上陸部隊は徐々に追い詰められ,6月には哀れ降伏と相成りました。

ケルチ半島橋頭保の撃滅により,ドイツ第11軍は再びセヴァストポリの包囲に成功し,今度は背後を気にすることなく,しかも本気で要塞を落としにかかりました。

激闘,1か月・・・。7月3日には,さしもの堅城セヴァストポリも陥落。この要塞を巡る防衛戦は幕を閉じました。


落城の寸前,6月27日にセヴァストポリから撤退する最後の船団を護衛していたのは,この戦いで八面六臂の活躍をしていた大型駆逐艦タシュケントでした。船団の最後尾を守りつつ,南のノヴォロシスクへと遁走を図っていましたが,ついにルフトバッフェに捕捉されてしまいます。逃がすものかと日没まで何度も爆撃を受け,この日の空襲で直撃弾は無かったものの,至近弾多数により舵機を損傷。ボイラー室にも浸水してしまい船団から取り残されてしまいました。しかし,乗員たちの驚異的な努力で何とか帰還を果たし,現地司令官の盛大な歓迎を受けることができたのです。
が,運命とは皮肉なもの。「親衛」の称号をもらうはずだった日の前日にあたる7月2日。黒海艦隊の韋駄天タシュケントは,ノヴォロシスクのエレヴァートルヌイ係船場に停泊中,再びルフトバッフェの空襲を受けて大破,着底。被害復旧は困難として全損になってしまいました。何度も窮地をくぐり抜けてきた彼女の備砲は,別の新造駆逐艦に移植されたそうです。

セヴァストポリ陥落後,黒海艦隊の諸艦は本格的なオーバーホールを行える根拠地を失い,黒海東岸のポチやバツーミに分散配置されましたが,整備不良により稼働率は下がる一方となってしまいました。

それでも8月には,巡洋艦モロトフが魚雷艇4隻を率いて,奪い返されたフェオドシアの砲撃に赴きます。進撃の途中,クリミア半島周辺には霧が立ち込み始め,ついには視界がほとんど効かなくなってしまいました。そんな折,濃霧を切り裂いて飛び出してきたのはイタリア軍の魚雷艇でした。味方の人数が少なく,敵が強大であればあるほど兵隊がランボーと化してしまう謎の軍団イタリア軍にとって,巡洋艦モロトフは正に浮かぶ御馳走!クマ狩りさながらに寄ってたかって魚雷を撃ち込まれ,ついには艦尾に魚雷を喫してしまい,20メートルも船体をもぎ取られてしまいました。モロトフは,止めを刺そうとさらに追いすがるイタリア魚雷艇を何とか排除しつつ,ヨタヨタとポチに逃げ帰るのでした・・・。これが,魚雷艇ではなく,イタリア海軍の大型艦だったなら,モロトフでも一矢報いることができたかもしれない事を思うと,残念でなりません。

巡洋艦モロトフの損傷により,がっくりと肩を落とす黒海艦隊でしたが,まだもう一隻の新鋭巡洋艦が残っています。そう,我らがヴォロシーロフは,長射程の艦砲で陸上のドイツ軍に嫌がらせ砲撃を行うというセコイ事は考えず,敵の海上輸送路に打撃を与えてやろうと,11月末にルーマニア沿岸を目指して出撃していきました。


やっと,まともに海軍する気になったね!

が,しかし,ようやく海軍としてまっとうな仕事に目覚めたにもかかわらず,新鋭巡洋艦ヴォロシーロフは,出撃早々の12月2日にズミーニィ島沖で触雷してしまい,これまたスゴスゴと照れ笑いを浮かべながら逃げ帰ってくるのでありました。一度道を踏み外した海軍に,海神オーディーンはとことん厳しいのであります!

【1943年】
この年,黒海艦隊にとって実質的な終戦が訪れます。10月6日,何と駆逐艦3隻が,急降下爆撃機にまとめて沈められてしまったのです。
この事件により,激怒したスターリンおじさんは,駆逐艦以上の大型艦の出撃には中央の許可を取れ!と厳命し,ブルった現場指揮官にとって,戦艦をはじめとする大型艦は無傷で手元にありながら,凶悪マリオのような髭のおじさんの圧力によって,戦力外に弾き飛ばされてしまったのです。そんなこんなで,艦は錆つく一方。1944年になると黒海艦隊の大型艦は,そのほとんどが作戦行動がとれない状況になってしまったということです。


てな感じで,WW2時のソ連黒海艦隊の動向を書き連ねてきましたが,よく言われるように「ソ連黒海艦隊は,何もしないまま根拠地を奪われて自滅した」というのは,あまりにも酷な言い方なのかもしれません。個々の大型艦の活動を見れば,それなりに頑張っています。でも,本質的にはおっしゃる通りなんですけどね。

もう少しだけ優しく言うと,「頑張ってはみたけども,狙いがずれていたり効果的でなかったりして,残念ながら努力があんまし報われなかったね」というのが正確なところなのかもしれません。
支援砲撃にしても,大型艦をもう少し集中運用して一回の投射火力を高めれば,ドイツ軍に与える心理的な効果も高まったと思われますが,バラバラと準備のできた艦から個々に砲撃に向かったようにしか思えません。そもそも,新旧ごちゃまぜの艦隊で,統制のとれた艦隊運動を行えたかも怪しいところです。少なくとも,粛清の嵐で士官がごっそりといなくなってしまっていた当時の赤色海軍には,その力は無かったと思われます。海軍の兵員は,兵隊である前に最新テクノロジーのメカを扱うエンジニアでなくてはなりません。その上で,はじめて戦闘行為に従事するわけですから,海軍の人材育成にはとてつもない時間がかかってしまいます。

枢軸側の海軍は,ついに黒海に大型艦を投入することなくこの大戦を戦いぬき,数々のな侵攻作戦と撤退作戦をやり抜いた事を考えると,陸戦以上に人材の差がでるのが海戦であると感じずにはいられません。

まともな判断のできない上司の,無謀な命令にも関わらず,命を張って闘った黒海艦隊兵士たちの胸中を思うと,なんだか身につまされる思いがいたします。

やっぱし,世の中飲まなきゃやってられないよね!

というわけで,今夜はウォッカで乾杯!!



ソ連黒海艦隊始末記 終
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コメント
コメント
お、上手くまとめましたねー(^.^)
ソ連海軍に乾杯!

まだまだ外伝とかあるんですかー?!
2011/11/15(火) 08:05:26 | URL | ふぢさわてつや #- [ 編集 ]
トップが???だと、現場が困るのはどこでも一緒ですね。また、新しいエピソード等ありましたらお願いします。
2011/11/15(火) 08:23:15 | URL | naruchan #cBDQp4Os [ 編集 ]
Re: タイトルなし
> ふぢさわさん
こんばんは。
外伝ですか,外伝を書けるくらいの華々しい戦歴が,黒海艦隊にあるのかが謎ですが,
小型艦艇とかで意外な活躍をしていたのがあるかもしれないので,今後も地道に調べていきたいです。
2011/11/15(火) 20:06:59 | URL | azu ken #- [ 編集 ]
Re: タイトルなし
> naruchanさん
こんばんは。
やっぱし,組織は親分で決まりますよね~。
赤軍は,結果としてはドイツ軍に勝ったわけですから,きっと意外な人材がまだまだいそうな気がするんですよね。
今後も調査を続行しつつ,他の海軍の調査も開始したいと思います。
2011/11/15(火) 20:09:29 | URL | azu ken #- [ 編集 ]
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