OCEAN DOCKYARD  ~1/200 model ship builder~
1/200スケールでラジコン船を製作しています。
練習戦艦「ウィーン」完成
今週は代休を連続して取ることができたので、久々に造船に励んでおりました。

で、何を作っていたのかと申しますと、以前息子用戦艦として就役させたオーストリア戦艦「ウィーン」であります!
こいつを練習艦仕様とするべく改造を施していました。

以前から1/200艦船模型倶楽部では、RC艦船模型普及の為に、操縦体験用の船が必要であると考えていましたが、適当な大きさ、スピード、操縦性の三拍子が揃った船が無く、naruchanさんが建造しているヴィスヴィの登場を待つばかりでした。

ところが、先月開催した「ガチこれ」展では、たくさんの方にRC艦船へのご興味を持っていただけたようなので、もう1隻くらい練習艦があった方が良いかと思い、ウィーンを改造したんでありますよ。

まずは、搭載主機ですが、グラウプナーのspeed250モーター2基をギア無しの直結でブン回していたのですが、完全にオーバーパワーでしたので、15V仕様のモーターに換装しました。本来はパワフルなモーターなのでしょうが、7.2Vしか供給されなければ力を出し切れずにモーターの回転速度を遅く出来るのではないかと考えております。我ながら、なんとも原始的なやり方でありますな。

内臓の配置はこんな感じです。
バッテリーは、2セルのリポを使用しています。
P1070110.jpg

で、外見も息子用ということで細かい部品は一切取り付けていなかったのですが、それでは大人の艦船模型マニアの方に申し訳ないので、最低限のディティールを追加しました。
防雷網と展張用の桁を舷側に取り付けたら、思いっきり第一次大戦時の船っぽくなりました。でも、実船は舷側に防雷網は取り付けていなかったようでありますw
P1070138.jpg

真横から。ずんぐりとしたシルエットが魅力的であります!
こんな愛らしいお姿をした戦艦を、間違っても戦争なんかに用いてはいけませんな。

オーストリア=ハンガリー帝国は愛玩用戦艦として国家保護すべきであったと思われます。

P1070140.jpg

後ろから。これまた実船には無かった装備なのですが、スクリューガードを取り付けました。
これで、岸壁でガリガリっとやられてもスクリューが欠ける心配はありません。
P1070151.jpg

中央付近。ボートがあんまりにも大雑把な作りだったので、いい訳程度にオールを設置してみました。あんまし変わっていませんね・・・。
P1070144.jpg

んでもって、「この船息子用らしいけど、勝手に改造しちゃっていいの?」という声が聞こえてきますが、息子は嫁さんの清く正しい教育によって「戦艦?僕は興味ないね!そんなことより時代はマイクラ(マインクラフト)でしょ」と、極めて健全な方向?に育っておりますので全く問題ありません。泣

願わくば、この船で艦船模型を動かす楽しさを、たくさんの方々に感じていただけたら嬉しく思います。
RC艦船を実際に動かしてみたい方は、是非私達の走航会を覗きに来てください!

机上に整然と並ぶ模型も良いのですが、風を感じ、水の流れを感じ、思いのままに動かす模型も良いものですよ。

練習戦艦「ウィーン」、あなたの艦長着任をお待ちしています!


スポンサーサイト

テーマ:模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル:趣味・実用

1/200 オーストリア海防戦艦ウィーン 15
建造開始から約二カ月、あっという間に完成して、今はめでたく息子用戦艦としての日々を過ごしているおいらの家のRC戦艦ウィーンだが、先日息子からこんな質問をされちゃいました。

息子:「ねぇ、パパ。ところで本物のウィーンってどんな船だったの?」

おいら:「えっ!?そりゃあ、きっと活躍してたんでないかい。だって一応戦艦だったみたいだしさ、アドリア海って狭いしさ・・・・多分・・・いや、不多分ね・・・・」

いやぁ、参りましたよ。いつもは船の模型を作る前に、その船が一体どんな船なのかをリサーチしてから作ってきたのですが、今回ばかりは、全くどんな船か知らんままに模型だけが完成しちゃいましよ。なんつったて、さすがのおいらも、第一次大戦の、しかもオーストリア海軍の、おまけに旧式な海防戦艦なんかに全く興味ありませんからね~。かっかっかっ!

と、御隠居様ばりの高笑いしている場合ではありませんな。愛する息子の素朴な疑問に答えるべく、父は調べてみましたよ。
その調査結果がこれだ~!

「老兵暁に死す~オーストリア海防戦艦ウィーンの場合~」

時は1914年、人類史上初の世界大戦となってしまった第一次世界大戦において、オーストリア海軍の海防戦艦であるウィーンは、姉妹艦のモナルヒ、ブダペシュトと第五戦艦戦隊を編成し、沿岸守備隊として参戦した。この年の8月24日には、帝国領最南端の軍港であるカッタロに前進し、憎きセルビアに加担したモンテネグロ王国のロヴツェン山陣地を砲撃した。このロヴツェン山陣地は、日露戦争時の旅順港と203高地のような位置関係にあり、オーストリアの軍港であるカッタロは、常にモンテネグロのロヴツェン山陣地からの砲撃の脅威に晒されている状態であった。

9月中旬になると、フランス海軍から分遣隊140人と重カノン砲8門が送られてきて、なんと都合の悪いことにロヴツェン山陣地に配属されてしまった!この瞬間から、オーストリア海軍第五戦艦戦隊VSモンテネグロ軍ロヴツェン山陣地砲台の壮絶な撃ち合い合戦が始まったのである。

激闘一か月、それでも勝敗の決しない状態を重く見たオーストリア海軍総司令官ハウス提督の命を受け、墺海軍最大根拠地のポーラより30センチ砲4門、24センチ砲8門を装備する準ド級戦艦のラデッキーが増援として派遣され、10月24日にはウィーンと共にロヴツェン山陣地を猛砲撃したのであった。その結果、圧倒的な火力によってモンテネグロ軍の砲台は沈黙し、フランス兵も一時撤退を余儀なくされた。

その後もウィーンは最前線であるカッタロに在泊し続け、圧倒的に優勢なフランス海軍が沖合をうようよしている中、隙を見つけては出撃してモンテネグロの沿岸部を砲撃して回るという危険な任務に従事し続けた。

1916年に入り、いよいよオーストリア陸軍はモンテネグロ攻略に本腰を入れ始め、1月8日~11日にかけてウィーンを含む第五戦艦戦隊はロヴツェン山陣地を再び砲撃した。オーストリア陸軍第19軍は艦砲射撃に合わせて前進し、見事敵陣地の突破に成功する。そして、そのままの勢いでモンテネグロ王国領内に雪崩込み、17日には首都チェチニエを陥落させ、王国を降伏せしめたのである!(万歳三唱)

ウィーンらの砲撃をきっかけとしたモンテネグロ王国の降伏により、カッタロ軍港の安全は確保され、オーストリア海軍巡洋艦戦隊の永続的な根拠地に定められたのであった。

モンテネグロ戦が一段落し、母港のポーラへと帰還していたウィーンだが、今度はイタリア軍との一大決戦であるカポレットの戦いを支援するために、再び最前線に投入されることになった。新たな戦場はアドリア海の北端に位置し、ウィーンは在泊地を北のトリエステへと移動させた。しかし、トリエステの司令官クーデルカ提督は、この旧式艦の到着を歓迎せず、本来沿岸防備任務に使用するはずのウィーンを、危険な攻勢作戦に連続投入したのであった。

カポレットの戦いが本格的に始まる一週間前の10月16日には、姉妹艦のブダペシュトと水雷艇10隻と共に、敵領海内にあるベネチア北東のコルテラッツォを砲撃し、11月16日にも航空機の支援を受けながら、水雷艇14隻と共にコルテラッツォを再び砲撃した。これにより、旧式なくせにちょこまかと動き回って沿岸部に砲撃を加えてくるウィーンは、イタリア海軍からすっかり目の敵にされてしまったのだ!

そして、運命の1917年12月10日。この日、トリエステに在泊していたウィーンは、濃霧を突いて港内に侵入してきたイタリア海軍ルイジ・リッツォ中尉に率いられた二隻の水雷艇に襲われたのである。二隻は霧にまぎれて港の防衛ラインを強行突破し、なんとウィーンの50メートル!という超至近距離まで近寄って必殺の魚雷を発射した。これじゃぁ外れっこないよね。ウィーンは二発の魚雷を喫して、5分と経たずに浅いトリエステの港内に沈んでいったのでありましたとさ。

と、まぁ、ネットで調べたウィーンの戦歴をてきと~に書き綴ってまいりましたが、どこの国でも、時代でも、旧式戦艦はいたわられるどころか、沈んだ時のショックも少なかろうと、一番危険な任務に従事させられるのでありますなぁ。第二次大戦中の日本海軍もそうですが、第一次大戦時のオーストリア海軍も最新鋭戦艦はしっかりと温存して、旧式戦艦を危険任務に就かせたのでありあました。しかし、このようなセコイ考え方を海神ネプチューン様が支持されるはずもなく、なんやかんやで新鋭戦艦が悲運に見舞われて無駄死にしていく様は、洋の東西を問わなかった模様であります。

あ、最後に一応ウィーンの所元を載せておきます。

1898年竣工、1917年戦没。
全長99.22m、全幅17m。
満載排水量5.547t、速力17.5ノット。
兵装:24㎝連装砲2基、15㎝単装砲6基、4.7㎝単装機関砲10基、45.7㎝水中魚雷発射管2基。

ちっこいくせに、かなりの重武装だったんですね。

テーマ:模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル:趣味・実用

1/200 オーストリア海防戦艦ウィーン 14
さ~て、前回千葉市にある稲毛海浜公園浜の池で、マイロンさんの霧島とうちの息子が操縦しているウィーンの動画を少しばっかり撮りましたので、公開いたします。

息子はRC船の操縦が初めってだったため、彼の操縦しているウィーンの動きが挙動不審で笑えます。

テーマ:模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル:趣味・実用

1/200 オーストリア海防戦艦ウィーン 13
え~、先日の月曜日がお休みだったもんで、完成したばかりのウィーンの試験走行を行うために千葉市稲毛の浜にある、通称「浜の池」へ行ってきました。

平日だし、夕暮れ時だから散歩のおじさんしかいないかなぁ~とか思いつつ池に到着すると・・・・


!?何故ヨットが?

DSC02304.jpg

!??何故救助艇が!!?

DSC02319.jpg

平日の夕方にRC船を嗜む風流人が、千葉にもいらしたとは驚きだぁ!

とりあえず、バンドだけ確認しようと思い、「すみません、私もRC船やりたいのでバンドを教えていただけま・・・・あれぇ~~~!??DENさん?何故ここに!?」

そうです、何とびっくり偶然にもDENさんが先客でいらっしゃいました!
この日は夏休みで、ヨットを走らせるためにいらしたそうな。

いやはや、偶然とはこのことで、短い時間でしたが船談義を楽しみつつ、ウィーンの試験走行を行う事が出来ました。

ついに進水したウィーン。
DSC02300.jpg

DSC02301.jpg

喫水はちょうどくらいです。
DSC02302.jpg

DENさんのヨットと楽しくお散歩。
DSC02303.jpg

DSC02307.jpg

DSC02314.jpg

DSC02320.jpg

DSC02322.jpg

DSC02324.jpg

今回の試験走行の感想は、重心が高いのか若干ローリングが激しい気がしたのと、プロポの電池が少なかったせいか、電波の受信状態がよろしくないようでした。今後改修していこうと思います。

次回は、何としてでも息子を連れてきて操縦させようっと!

テーマ:模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル:趣味・実用

1/200 オーストリア海防戦艦ウィーン 12
うっほ~~ん!ついに完成いたしました。墺戦艦ウィーン。

途中、真夏の暑さに心が挫けたりと色々ありましたが、だいたい2ヶ月ほどで完成させる事が出来たので、いつも船一隻を完成させるのに、早くて半年、遅いと数年かかってしまうおいらとしては、記録的な短期間建造といえましょう。

また、今回のお船は息子用という事で、普段よりも強度確保に気を配りながら製作いたしました。
今までは、面倒くさくて二の次だった強度確保について、やってみると手間をかけた分は効果がありそうです。デ・ロイテルの建造では、ウィーン建造で得た経験を活用しようと思います。

で、内臓はこんなん具合に詰め込みました。
今はありませんが、隙間に小型のリポ・バッテリーとウェイトを差し込む予定です。
DSC02286.jpg

真横から見るとこんなん具合です。
短い船体がSD化された戦艦みたいでかわゆす。
DSC02292.jpg

少し斜めから。
ブートトップが赤色という、今まで見た事ない塗装なのですが、同型艦のモナルヒのウィキに画像が出ていたので、それを参考にしました。画像はこちら。よく見れば、ハンガリー国旗っぽい色の組み合わせですな。さすがはオーストリア・ハンガリー二重帝国でやんす!
DSC02295.jpg

さぁ、この民族色溢れる戦艦を、もう少し斜めから見てみよう。
DSC02297.jpg

見慣れぬオーストリア軍艦旗がおしゃれです!
DSC02298.jpg

てな具合で、一応完成はいたしました。
今日はお休みなので、始業式帰りの息子を捕まえて試験航海しようと思ったら、「ぼくは友達と遊ぶよ。こどもは暇じゃないんだ!」と言われちまいました。

さ~て、一人さみしく試験航海するかな?とか思った瞬間に、ゴロゴロと雷の音が・・・。

なんか、今日ついていないっす!

テーマ:模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル:趣味・実用